津波の過去と敬虔なイスラム教徒の住む街 バンダアチェ

 

この記事では、インドネシアスマトラ島の北西部、バンダアチェの情報・観光について書きます。

インドネシア国内でも、最もイスラム教が強い地域として有名です。基本的に、サウジアラビアに近ければ近いほどイスラム色が強くなる傾向があります。

ですが、料理もおいしく、人々も優しいのでゆっくりできます。

津波の過去があるため、日本人と言うと、同じ辛い過去を分け合う同士みたいにみられます。

ムスリム文化も体験できるので、なかなかお勧めです。

 

 




 

バンダアチェ基本情報

スマトラ島北部は、1600年辺りからアチェ王国という独立したイスラム国家ができる。アチェ王国はイスラム商人のネットワークなどにより巨大な勢力となり、コショウなどの産業で利益をあげていった。
英蘭協定により、マレーシアの地域はイギリスが支配し、他のインドネシアの地域はオランダが支配していいよと欧米列強が勝手に決める。その後、イギリスの許可を得たオランダは、インドネシアの他の地域を積極的に攻撃していく。
インドネシアの地域は次々とオランダに支配されていく。1873年からのオランダ対アチェ王国のアチェ戦争によって、アチェは他のインドネシア地域と同じように、オランダの植民地となった。

インドネシアが独立した際に、同じように独立したが、元々がアチェ王国である。民族的にもアチェ族のため、1950年ごろから独立運動を展開している。インドネシアのスハルト政権下で、天然ガスなどの資源がインドネシア政府に搾取されているとして、ゲリラ組織「自由アチェ運動」(GAM)が結成される。スマトラ島北部の独立を宣言し、武装闘争を始めた。このアチェ紛争でインドネシア軍と戦っていたが、2004年のスマトラ島沖地震の津波で大きな被害を受け、戦いは断念。
現在は和平協定を結んでいる。

もともとはアチェ王国で、オランダ統治下のインドネシアとしての時期が そんなに長くないことを考えると、独立意識の高さは仕方ないようにも見えますね。

 

どこにあるの?場所・地図

 

スマトラ島の最北端ですね。インドネシアで最も北西にあります。バンダアチェから船に乗り1時間くらいのところにサバン島という島があり、そこにはインドネシア国家の始点に当たるゼロポイントがあります。

バンダアチェのローカルには、何で行かないの?と言われましたが、いやいやなぜに俺が行くのか?と少し思いました……。

 

 

 

どんな街?概要

 

ちょっと特殊な街なので、インドネシア人ですらあまり行きたがりません。バンダアチェに入りたがらないというよりも、アチェ州自体に入りたがりません。なぜならば、アチェ州は宗教警察が存在します。国の法律と州の法律とは別の、イスラム法に準するかどうかで罪に問われます。イスラム法の事をシャリーアといいます。イスラム法に違反したことをすると、宗教警察に身柄を拘束されます。外国人であろうと同様に身柄を拘束されます。

よくニュースでやっている公開鞭打ちの刑とかってやつですね。

恋人たちのハグ厳禁! インドネシア・アチェ州、公共の場で抱擁した18歳カップルを公開むち打ち刑に
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/02/post-11632.php

 

どうもアチェの人たちからすると、この公開鞭打ちというものがすごく恥ずかしいもののようですね。個人的にはネタ的にはちょっとおいしいよねみたいにも思うのですが……。

ですので身内にこの様な事が起きると恥な事のようですね。だいたい多くの場合は、公の場でハグをする・婚前交渉をする・同性愛などが多いようです。ですのでもし身内で誰かが宗教警察に身柄を拘束されたりすると、お互いの両親側と宗教警察側で話し合って、「実はもうすでにお互い結婚してたんですよ」ということにして、そのままお互い結婚させてしまって、『問題なかった。よかったよかった。一件落着です』みたいにすることが多いようです。

これはバンダアチェ市内の普通の公園なのですが、明らかに芝生にカップルが座っています。本来はこれはシャリーア(イスラム法)的にはアウトらしいのですが、どうもローカルに言わせると、ここの公園は宗教警察はこないから大丈夫みたいらしいです。

ちなみにシャリーア(イスラム法)としては、頭を撫でるだけでアウトです。

 

また、僕は友人からバンダアチェの友達を紹介してもらったのですが、飲食店で彼女(学校の先生)を待っていたのですが、生徒さんと生徒のお父さんを一緒に連れてこられていました。

別に良いけど何故に?と聞いてみると、アチェでは結婚をしていない男女が2人でレストランなどというのはシャリーアに引っかかるので違法になるんですね。なので、友達を連れてくるなりして、2対1などのように複数にすると問題がないとのことです……。

 

と、かなり強烈なバンダアチェなのですが、皆さんとてもフレンドリーでやさしいです。

 

また、アチェの人は、マレーシアで出稼ぎする人が多いです。また近場にある巨大都市メダンで働いている人も多いです。また、アチェの人もメダンの人も、病気になると、マレーシアのペナンに医療ツーリズムで出かける人が多いです。なぜペナンなのか?なぜジャカルタやクアラルンプールでないのか?と聞いてみると、「みんな行ってるから」とかインドネシアよりもマレーシアの方が医療レベルは高いからと言う人が多かったです。

 

 

バンダアチェの観光について

 

 

お勧めスポット

津波ミュージアム

 

 

グランドモスク

インドネシアで最も美しいといわれるモスク。朝も夜も人がいっぱい。長ズボンでないと敷地にも入れません。

 

 

 

津波避難施設

街中のあちこちにあります。この施設なら、万が一津波が襲来しても生き延びれるでしょう。

 

PLTD APUNG

津波によって陸地の市内ど真ん中まで流れてきた船です


 

Ulee Beach

まさかこんなところで奇跡の一本松をみるとは……。

 

Lhoknga

静かな村です。波は高く、世界中からサーファーも来るようです。2004年のスマトラ島沖地震の際には、真っ正面から津波が来たと思われます。その時に唯一生き残ったモスクには、ちょっとした資料館もあります。そこの資料館では一人若い人がいましたが、この写真は小さい頃の僕ですよと教えてくれました。バンダアチェしないからはちょっと遠いので、帰りのタクシーを考慮した上で向かうか、もしくはタクシーのドライバーに待っていてもらう方がいいです。

 

地震の関連のものが多いですが、津波の被害が大きすぎるがゆえに、バンダアチェではこの様にならざるを得ません。無くなった人数や東日本大震災と比べるのもおかしいですが、バンダアチェでは2004年にスマトラ沖地震があったときには人口が30万人近かったですが、津波で10万人近い人が無くなっています。市の人口の3分の1が無くなった計算になります。とてつもない数字です。

家の上の船が乗っかってしまった史跡には、ローカルのおばさんがいましたが、『津波で家も夫も親兄弟も全て亡くなってしまった。自分だけがココナッツツリーにぶら下がって助かった』といっていました。

私の友人は、バンダアチェの市内の中心部に住んでいるのに、いまだに一度も、PLTD APUNGという観光地(流されてきた船)を見に行ったことがないと言っていました。

行こうと思えば毎日いつでも行ける距離なのに。

見れないんですよね。

おばちゃん達が談笑しているところを見ていても、どこか悲しそうな気がしました。

途方もない悲しみも抱えた町でもあるのかなと。

「わたしは日本人です」というと、同士のように思ってくれる人が多かったです。東日本大震災時の津波の映像をみたときは、テレビの前で「走れ〜!」と声をあげたよと言っている人もいましたな。

 

 

こんなことが楽しめる

治安は良いので、ナイトマーケットなどで楽しんだり、グランドモスクの敷地内で座ってゆっくりするのもありかもしれません

 

 

食文化

バンダアチェで最も人気のコーヒー屋 ソロン コーヒー豆を煎るときにトウモロコシやバターなどを加えて香りを整えることによる独自の味

 

現地でHanaカフェと呼ばれ、特にローカル女性に親しまれている。日本人女性がオーナー

 

 

 

コーヒーではここがお勧め Kopi Hitam Saring @ Kopi Solong

Nasi Padang @ Restoran Bunda

Mie Aceh Beef , Juice Alpokat @ Mie Razali

Canai Telur Kari Ayam, Timun Kerok Cincau @ Canai Mamak KL

Penne Arabiata, Cucumber Juice @ La Piazza Italian Restaurant

Nasi Ayam Sate Kebab, Strawberry Smoothies @ Galeri Cafe

おすすめ Takoyaki @ Hana Japanese canteen

 

バンダアチェへの行き方・アクセス

 

  • クアラルンプール
  • ペナン
  • メダン
  • ジャカルタ

から直行便が出ています

 

バンダアチェの空港・空港から市内まで行く方法

 

スルタン・イスカンダル・ムダ空港

タラップの下でもお祈りをされておられる。

バンダ・アチェ空港敷地すぐそばには、海軍渋谷部隊という忠魂碑がある。昭和19年のバンダ・アチェ空港建設時に亡くなられた部隊の兵士のため、海軍渋谷部隊が建立したものであるようだ。

 

空港から市内は、Grabで問題ないです。タクシーでもよいです。

一人で旅行ならば、空港の敷地外に出てからGrab Bikeを呼ぶ方法もありです。

 

公共交通機関

 

公共バスがありますが、旅行者がバスルートをすぐに把握するのは難しいでしょう。

Grabを使用する方がいいです。

Grabバイクも可です。

というか、皆さん暑いのに分厚いジャンパーを着ておられますね……

 

ホテル・宿

中心部に行けばたくさんあります。ドミトリーのようなゲストハウスは現状ありません。

このTugu Bukopin Simpang Lima周辺が中心街です。

 

 

まとめ

 

津波とシャリーア(イスラム法)が強い印象ですが、人々はとてもフレンドリーです。お酒もないのですが、ローカルの人々との楽しいコミュニケーションはおすすめです。

 

ではでは



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